ルサンチマンとは?アニメと絡めてわかりやすく紹介

正論を振りかざすルサンチマンたち
ルサンチマンの亡霊
出典:長崎新聞
国に対する信頼性の「ツボ」~「ルサンチマン」を回避せよ
お堅い記事のタイトルで見かける「ルサンチマン」。
「ニーチェだったよね?」ぐらいの知識しかないので、今回もアニメと絡めてお堅ワードに向き合ってみようと思う。
ルサンチマンとは?
まずは、辞書的な定義から。
ルサンチマン(仏: ressentiment、 (フランス語発音: [rəsɑ̃timɑ̃]) )は、弱者が敵わない強者に対して内面に抱く、「憤り・怨恨・憎悪・非難・嫉妬」といった感情。そこから、弱い自分は「善」であり、強者は「悪」だという「価値の転倒」のこと。
出典:Wikipedia
うーん,,,
なんか抽象的な言葉が飛び交って、ピンと来ない。
ひとまず、なんとなく「ルサンチマン=弱い人が抱きがちな否定的な感情」ぐらいに考えておこうと思う。
ルサンチマンの語源
何となく、ルサンチマンはニーチェが言ったというイメージがある。
彼が言ったルサンチマンをざっくり言うと、「憎い奴の足を引っ張ること」。
ただ、「それじゃちょっと足りなくね?」と思ったのがニーチェ。
彼は、ルサンチマンを「現実で勝てない相手には、せめて頭の中で負かしてやろうとすること」と再定義。
二人の解釈は似てるけど、ニーチェは「弱者は行動によって反応することが禁じられている」という点を強調。
どの時代でも、社会の中には力を持った強者と力を持たない弱者が存在する。
そして、弱者はいつだって強者に対して「いつかやり返したい」と考えている。
でも、仕返しをする機会さえ弱者には与えられてないよね?と説いたのがニーチェ。
じゃあ、行動で復讐を叶えられない弱者はどうするか?
頭の中で復讐を果たす。
今の時代で考えてみる。
Aという平社員がいる。Aさんは、上司である課長Bを恨んでいる。
なぜなら、課長Bは平社員のCには優しいのに、自分には強く当たるから。
指示の伝え方もめっちゃ上からだし、残業を命令されるのは自分だけ。
「いつか見返してやる」といつも考えるけど、復讐することができない。
さらに上の部長Dに相談したり、労働基準監督署とかに言うこともできるだろうけど、後々のことを考えると躊躇してしまう。
でも日々、Bに対する恨みは募る。
「どう鬱憤を晴らそうか?」
考えた末、Aさんは悪口ノートを書くようにした。
課長Bがいかに悪い奴か、毎日書きなぐった。
1週間ほど経って、始めたころほどスッキリしないことに気づく。
でも、直接復讐することは怖い。
そこで、アカウントを作ってSNSに悪口を投稿し始めた。
1週間ほど続けると、ちょくちょく「いいね」がつくようになった。
ノートで書いているときには、得られない満足感を感じた。
みたいな感じ。
父親が牧師だったので、大学では神学部に行った。
親からは当然牧師になることを期待した。
でも、学んでいるうちにニーチェはキリスト教に疑念を抱くようになる。
そして、「キリスト教の本質は、強者であるユダヤ教に想像上で復讐しているだけ」と解釈するようになる。
もちろん、この考えはキリスト教世界では「ヤバい」。
でも、普段からキリスト教を押し付けられていた一部の人たちには、強烈に刺さった。
そして時が経った今でも、説得力のあるニーチェのキリスト教解釈は評価されている。
日常で使われるルサンチマン
日本人が「ルサンチマン」を使うときは、知的アピールの道具として使われることがほとんど。
意味としては、「恨み」「嫉妬」「苦しみ」などだろうか。
ただ最近では、「ルサンチマン」を耳にする機会は減った。
外国発のカタカナ語は、「学者→インテリ学生→ネット民→一般人」の順で、堅苦しさを削りながら使いやすい言葉に落ち着く。
そして、一般的に広まったころには古い言葉になっている。
ルサンチマンは、今や「寒い」と思われてしまう言葉になってしまった感はある。
ルサンチマン×アニメ
「ルサンチマン」がテーマになっている作品がないかな
・・・?
見つかった!
『東のエデン』は、フジテレビ「ノイタミナ」枠で放送されたオリジナルアニメ。
記憶喪失の青年と謎の携帯電話を巡るサスペンス・アクション作品。
この作品には、「弱者(若者たち)VS強者(おじさんたち)」という構図がある。
そして、この作品で見られるルサンチマンとは「若者たちによる社会(おじさんたち)への復讐」。
もう一度、ニーチェの定義を振り返ると、「弱者は行動によって反応することが禁じられている」。
『東のエデン』でも、弱者である若者は「行動
どのような形で復讐するか?
働かない。つまり、ニートでいることによって復讐を果たそうとする。
資本主義では、お金を持ってる者が強者。
そして、そのお金は労働によって得られる。
強者はどのようにして弱者に力を持たせないようにするか?
働いても力がつかないという仕組みを作る事。
主人公・滝沢は、そのような社会を次のように表現する。
今の社会は、上の世代のオッサンが決めたルールでできているために、自分たちには絶対勝てないようになっている。
つまり、滝沢という革命家が現れる以前は、弱者である若者は「働かない」ということでしか復讐する方法がなかった。
ニートたちはその典型。

彼らは、ネットという「想像」上で、政治家を叩いたり、陰謀論を流したりして復讐しを果たしていると思い込む。
中には、働くという行為によって社会を変えようとする若者もいるが、強者をさらに強くするシステムを前に諦める。
例えば、ヒロインの森見咲。
私、本当は行きたい会社があったの……でも面接でね、「あなたたち若い世代こそが社会の主人公です」って言うくせに、実際は私たちを使って自分たちだけうまくやっていこうとしているんじゃないかって思えてきちゃって、自分から断ったの…。
まさに、年功序列など上の世代が勝つ社会システムを表しているかのよう。
そこで、登場するセレソンたち。
彼らには、100億円が入った「ノブレス携帯」が与えられる。
大金を手にし強者となった彼らは、さまざまな角度から社会に革命を起こそうとする。
しかし、いずれも社会の一部を「壊す」だけで、強者が強者で居続けるシステムを根本的に変えることができない。
そこで、滝沢は以下のように提唱。
だったら、オッサンたちとは別の価値観で世界を塗り替えてしまおう。

アニメ版のラストでは、遊園地に2万人の若者(ニートたち)が集結。
自分が王様になり、新しい国を建てることを宣言。
彼が言う「オッサンたちとは別の価値観」が何を指すのかは、作中では語られない。
この終わり方は、現実世界への問題提起だと考える。
学歴や年功序列は、少しずつ是正されつつある。
だが、新しい実力主義を採用したら経済格差が広がるばかり。
さて、強者と弱者が生まれない世界を実現するためにはどうすれば良いか?
という風に。
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結局、ルサンチマンとは
今回の学びをおさらい。
- キェルケゴールは、ルサンチマンを「力を持たない者が強くて憎い奴の足を引っ張ろうとすること」と定義。
- ニーチェは、「現実で勝てない相手には、せめて頭の中で負かしてやろうとすること」と再定義。
- 日常生活では、「恨み」「妬み」「復讐心」という意味で使われる。
