スマホ認知症とは?アニメと絡めてわかりやすく紹介
突然、同棲中の彼女から「これやってみて」と言われた。
「認知症て」と一蹴しようとしたが、彼女の顔は「やらないと終わらないから」と物語っていた。
嫌々ながらも、やってみた結果がこちら。
11個にチェックがついた。
だが、監視された中でやったのでジャッジはかなり甘め。
近くにいる相手にこそヤバいと思われたくない心理から。
危険度「中」
なんかヤバそうな気もするし、大丈夫そうな気もする。
いや、待て。
これは何を測るチェックリストなのか?
響きと設問から判断するに、「スマホを触りすぎると認知症の発症を早めますよ」的なことを言いたいのだろう。
やったらやりっぱなしは性に合わないので、その辺を調べてみよう。
スマホ認知症とは
学研が運営する「健達ねっと」の定義によると、スマホ認知症とは「スマホの使用によって認知症と同じ症状を発生する」こと。
まあ、予想通り。
脳に異常をきたすと、当然そこから信号を受け取って動く四肢にも不具合が生じる。
スマホ認知症×アニメ
「スマホ認知症」や「スマホ依存症」を風刺的に描いたアニメーション作品がある。
Steve Cutts監督によるモノクロ映画。
この作品は、アメリカのミュージシャンMobyのプロジェクト「Moby & The Void Pacific Choir」の一環で発表されたMVにある。
プロジェクトそのものが、現代社会のシステムに対する怒り・憤り・苛立ちを表現しており、直接的な描写も多い。
各々がスマホ画面に夢中になる群衆からスタート。
群衆に揉みくちゃにされキョロキョロする少年が、どうやら主人公みたいだ。
「一人だけスマホを手にしていないから目立つ」という描写は、まさに現代を皮肉るあるある。
ズームアウトされる世界。
周囲を囲むビジョンにも、スマホをいじる人たちが映し出される。
もちろん、群衆はその広告に気づくはずもない。
誰にも見られることなく垂れ流しにされる映像。
電車を乗っていても、ほとんどの人がスマホ画面を見つめ、誰にも注目されない映像広告を現代の日常を想起させる。
スマホ中毒者たちが、次々にマンホールの底に吸い込まれる。
何より皮肉なのが、マンホールの脇にいる男性。
事故を未然に防ぐためにいるべき彼もまた、スマホ中毒者。
道路の壁に書かれている”These systems are falling”には、「システムの崩壊」と「落下するようにできている」のダブルミーニングになっている。
スマホが及ぼすのは、肉体的な影響にとどまらない。
さまざまな場面でモラルの低下を引き起こす。
暴力性の促進、クチャ音の増大、過激の追求。
スマホが人類をディストピア(世紀末)へ導いてるように感じてきた。
どうすればいいのか?
このままスマホを使っていると、ヤバいことは分かった。
そう想ったのも刹那。
気づけば、YouTubeの関連動画を見始めていた。
「習慣とは、最も強力な武器」
ナポレオン・ヒルあたりの著書にあった言葉を思い出す。
要は、「気づけばいじる」という習慣をやめて別の習慣を作るしかない。
ということで、ネットに載っている「スマホ断ち」ノウハウを一通り実践してみた。
実施期間はバラバラで臨床的な信用性はないので、先に伝えておく。
自分の主観に応じた効き目ごとにまとめてみた。
()に書いているのは、効果を感じられない理由。
スマホ断ち方法(効果別)
ほぼ意味ない
- 通知を完全オフにする(通知がなくても自分から見に行く)
- スマホ画面をグレイスケールモードにする(時間が経てば暗さに慣れる)
- アプリを整理する(時間のムダ)
- バイブレーションをオフにする(前からやってた)
- ガラケーにする(仕事上、無理が出る)
- スマホカバーを手帳タイプのものにする(ほぼ効果なし)
- 充電を1日1回にする(心配だから充電してしまう)
限定的だが効果あり
- 見えない場所にスマホを置く(調子が良いときはできる)
- スマホを一切使わない時間を設ける(調子が良い日はできる)
- スマホ断ち用のアプリを利用する(最初はいいが、途中から利用しなくなる)
- リアルのコミュニティを複数もっておく(人を選ぶ)
持続的な効果あり
全部で15個の方法を実践した。
そのほとんどが、「ほとんど効果がない」もしくは「一定期間のみ効果あり」。
抜本的なスマホ断ちに繋がりそうなのが、4つ。
4つの方法に共通しているのが「時間」。
結局、スマホをいじるのは「時間」が有り余っていることが原因。
極端に言えば、スマホをいじる暇を無くせばスマホ依存から抜け出せる。
だが、稼働時間の全てが予定で埋まっているのは、イーロン・マスクか全盛期のピンクレディーぐらい。
彼らのような分刻みのスケジュールを立てることは、一般人には無理。
目指すべきは「パーフェクト」ではなく「ベター」。
そのために必要なのが、「恥じ」と「限定」。
「恥じ」とは、スマホの操作時間を晒すこと。
自分は、週に1回友達と英会話をしている。
相手もスマホをいじりすぎる悩みを抱えていたので、ある時それぞれのスクリーンタイムを発表し合うことにした。
自分も相手も、貯金額を見られるぐらい恥ずかしかった。
お互い大きな差はなく低次元での励まし合いをしたが、この時に感じる羞恥心の利用価値を感じた。
それから約2カ月続けている。
共有する前から約20%使用時間が減少した。
やはり、「恥じ」は人を変える強い原動力となる。
もう1つは、用途の「限定」。
目覚まし時計を買った。
あと、自分はラジオが好きなので小型ラジオを買った。
これだけ。
スマホに依存する大きな要因は、便利すぎるから。
あの小さな箱1つで、ありとあらゆることが出来てしまう。
だから、スマホでできることを少しずつ外に出す。
時間を見る→腕時計、アラームをかける→目覚まし時計、調べものをする→パソコン
特に、目覚ましの「外注」は超重要。
目覚まし時計を用意するだけで、睡眠前後のスマホいじりがなくなる。
もちろん、「ベッドにスマホを持ち込まない」というルールが必要になるが。
自分のベッドサイドは、かなり狭い。
目覚まし時計を置くと、スマホか本のどちらかしか置けない。
スペースが限定されると、自然と選択を迫られる。
「読書をご褒美」だと感じる自分は、本を選択する。
「一日の最初と最後に触れるのはスマホ以外」というルールを作って、ゲーム感覚でやってみるのも良い。
これは、生まれたてのヒナの刷り込みと同じだと考えているため。
最初に目に入ったものを親と認識するように、最初に触れたものを親近感を湧くように脳を騙す。
また、「これだけは守った」という達成感を一日の最初に感じられるのは大きい。
スマホを題材にしたアニメ作品
アニメブログであることを忘れ、ついつい真面目に書いてしまった。
名誉挽回になるか分からないが、最後にスマホを題材にしたアニメ作品を紹介。