無職と1クールアニメ

「明日休みならアニメみよう」をコンセプトに1クール完結アニメを紹介。ネタバレはありません。

制作事業は赤字覚悟?アニメ関連3社を財務分析してみた。

個人的に「会計ブーム」がやってきている。公開されている有価証券報告書を片っ端から読み、企業の財務状況を丸裸にするのはとても気分が良い。ある数理学者は、著書で「会計ができると世界が変わる」のようなこと言っていた。まだまだ精度は低いが、数字の大小で何となく見ていた昨日までとは全く違って見える感覚が既にある。

今回は、アニメを本業とする以下の3社の財務分析を行おうと思う。

いずれも東証に上場していて、企業HPの決算情報から財務情報を確認することができる。

東映アニメーション

劇場版などで見る、崖に打ち付ける荒波の映像で有名な会社。昨年2022年は『ONE PIECE FILM RED  』や『THE FIRST SLAM DUNK』などが大ヒットし、それに呼応するかのように通年株価は右肩上がり。2023年はセーラームーンプリキュアなどの劇場版が控えるなど、昨年に比べてパッとしない一年となるかもしれない。

決算書を読む前に、企業の基本情報にざっと目を通しておく。まず、「事業の内容」を見ると、「映像製作・販売事業」「版権事業」「商品販売事業」「その他事業」の4つに分けられている。四季報によると、「版権事業」が全体の売上の58%を占め、利益率も48%と最も高い。次いで、「映像製作・販売事業」が全体の売上の36%で、利益率は28%。他の事業は利益率がマイナス、つまり赤字事業であることが分かる。国内と海外の売上構成比としては、海外が63%と過半数を占めている。「『ONE PIECE FILM RED』の興行収入が凄い!」的なニュースは確かに喜ばしいが、事業全体的で見ると国内よりも海外にウケているかの方が重要だと分かる。

「大株主の状況」の項目もチェックしておこう。この情報は、誰が一番金を出しているか、すなわち誰がこの会社に対して影響力があるかが読み取れる。

出典:東映アニメーション発表の決算書情報

筆頭株主(一番株を持っている人)は、東映アニメーション。全体の3割の株を自分が持っているということになる。続いて、テレビ朝日が約20%、バンダイナムコとフジメディアが約10%ずつを持っている。上位4社が全体の50%以上の株を保有しているので、実質乗っ取りは不可能であることが分かる。東映アニメーションが映画やアニメを作って上映する。そして、テレビ放送はテレビ朝日かフジテレビで、おもちゃなどのグッズはバンダイナムコでやる。利権体制が株主状況からも浮かんでくる。

いよいよ決算書を見ていく。まず、「2022年11月11日」のBSの「資産合計」を見る。140,182とあり、単位は(百万円)なので、約1400億円の資産があることが分かる。「現金及び預金」「受取手形及び売掛金」「その他(固定資産)」「投資有価証券」の順で多い。流動資産(すぐに現金に換えられる資産)が全体の7割以上を占めており、土地や建物などの資産はかなり少ないことが分かる。東映と言えば映画を思い出し、映画館をいくつも持っているイメージがあるが、実際には現金や手形をたくさん持っていることが分かる。

では、約1400億円の資産をどこから調達しているのか。今度は、「負債の部」と「純資産の部」を見てみる。純資産は約1000億円あり、昨年同期よりも約100億円増えている。要因は、「利益剰余金」が70億円ほど増えたことが挙げられる。「利益剰余金」は純利益なので、今期はかなり事業がうまくいったことが予想できる。負債は340億円ほどあり、「支払手形及び買掛金」が約6割を占める。まだ完了していない支払いを抱えているお金が340億円ほどあることを指しているが、財務状況的にはすこぶる健全であると言える。約1400億円の資産に対して、約340億円の負債。一般家計に落とし込むと、140万円の貯金に対して、30万円のローンがあるイメージ。

次に、お金の流れを見てみる。PLを見ると、事業全体の「売上高」も「営業利益」も「四半期純利益」も昨年同期よりも増えている。「この3カ月間、事業がうまくいって、去年よりも多くの利益が出た」ということだ。

これを踏まえて、事業ごとの成績である「セグメント情報」を見ておきたい。表になっておらず見づらかったので、表にしてみた。

事業 売上高 セグメント利益(▲は損失)
映像製作・販売事業 198億47百万円(前年同期比68.4%増) 63億53百万円(同37.7%増)
版権事業 204億32百万円(前年同期比22.1%増) 96億54百万円(同15.2%増)
商品販売事業 15億16百万円(前年同期比55.0%増) ▲45百万円(前年同期は、1億8百万円のセグメント損失)
その他事業 7億74百万円(前年同期比177.5%増) 76百万円(前年同期は、1億57百万円のセグメント損失)

どの事業とも、昨年同期と比較して増収増益(商品販売事業のみ赤字の縮小)を達成している。東映アニメーションは、実質2本の事業で成り立っている。「版権事業」は過去の作品から得られる収入で、流行の影響を受けにくく、利益率も高い。もう1つの「映像製作・販売事業」はヒット作が出るか出ないかによって収益が左右するため、計測するタイミングによって内容が変わる。実際、2020年度はどの期も減益している。流行り廃りの影響をモロに受ける「映像製作・販売事業」と安定して収益を上げ続けられるストック型の「版権事業」の2事業が、東映アニメーションの実態だと言える。

IGポート

正直、企業名からはアニメに関する会社かすら分からない。しかし、「Production I.G」や「WIT STUDIO」などの名前を聞くとようやく身近に感じられる。アニメ制作会社をいくつか子会社に持つ企業体。最近のヒット作を挙げると、『SPY FAMILY』。2022年秋クールに放送された第2期は、ややサプライズ感に欠けたものの、結局1クール見続けてしまう安心感があった。

決算書の前に、企業の基本情報をざっと目を通しておく。まず、事業内容は大きく4つ。「映像制作」「出版」「版権」。先ほどの東映アニメーションと似ているが、子会社に出版社を持っているのが大きな違い。全体の売上の半分を占める「映像制作」は、利益率がマイナス7%。「アニメ制作は赤字」という暗ーい現実は、この数字からも分かる。残りの2事業で、「映像制作事業」の赤字を埋める。「出版」「版権」事業ともに利益率20%と手堅い。「出版は儲からない」という言説をよく聞くが、この企業はむしろ屋台骨的な存在である。

従業員数は、グループ全体で397名、平均年収は四季報上では公開されていない。ネット検索すると1000万円超と出るが、信用できないので不明のままにする。

株主の状況は、以下の通り。

出典:楽天証券

現社長が約2割の株を保有する筆頭株主。次いで、電通日本テレビがそれぞれ10%を持っている。過半数の株が身内(役員、取引先)で固められているので、外部に乗っ取られる可能性は低い。

本題の決算書を見ていこう。まず、「2022年10月14日」のBSの「資産合計」を見る。10,857,380とあり、単位は(千円)なので、約100億円の資産を持っていることが分かる。「現金及び預金」と「受取手形売掛金及び契約資産」の流動資産が全体の8割を占める。土地と建物などに加えて、約6億円の「映像マスター」を保有しているのは、実に映像会社らしい。

約100億円の資産を、どこから調達しているのかを見るために、続いて「負債の部」と「純資産の部」を見る。まず、約60億円の「純資産合計」があり、前年同期に比べ増えている。要因は、「利益剰余金」の増加と負債の減少。負債の内訳は、「前受金」や「買掛金」などの流動負債が約9割を占める。現金商売ということだろう。自己資本比率51.7%や長期借入金が少ないことから、財務状況としてはまあまあ健全。

続いて、PLを見ていく。この期だけになるが、事業全体の「売上高」も「営業利益」も「四半期純利益」も昨年同期に比べ増えいている。つまり、「この3カ月は、事業がうまくいき、1年前よりもより多くの利益が出た」ことを意味している。

事業の評価をより詳細に行うために、セグメント情報を見てみる。こちらの企業も表になっていないので、表にして分かりやすくした。

事業 売上高 セグメント利益(▲は損失)
映像製作事業 1,544,108千円(前年同期比32.3%増) 88,105千円(前年同期比786.8%増)
出版事業 577,845千円(前年同期比8.2%減) 102,856千円(前年同期比40.4%減)
版権事業 442,977千円(前年同期比2.9%減) 109,967千円(前年同期比1,068.3%増)

総括すると、「出版事業が不調で、映像制作と版権事業は好調だった」と言える。この決算発表時は、2022年秋クールにあたり、「SPY × FAMILY」「アオアシ」「おにぱん!」などが放送された。「SPY × FAMILY」のヒットが、「映像製作事業」の増収増益になった最大の要因だと考えられる。

IMAGICA GROUP

初めて耳にする会社名。アニメだけじゃなく、映画やCMなど、いろんな種類の映像を作っているらしい。

決算書を見る前に、企業の基本情報をチェック。「映像コンテンツ」「映像制作サービス」「映像システム」の3つの事業を展開している。映像制作が総売上の半分を占め、最も利益率の高いのは「映像システム」。海外での売上が29%と、映像制作会社にしては高め。四季報の解説記事にも「海外動画配信向け映像制作サービス盛況。」とあるように、NetflixtやPrimeVideoなどの海外資本のサブスクサービスに映像を提供していると考えられる。5Gを使った新事業も始めたらしく、その辺がどうように財務諸表に反映されているのかも確認したい。

株主の状況は、下の図の通り。

出典:楽天証券

筆頭株主である「(株)クレアート」は、会長の長瀬氏が代表を務める投資会社。一代で上場にこぎつけた企業では、このようなペーパーカンパニー筆頭株主になっているケースも多い。

従業員は連結では3000名を超える。平均年収は734万円と、制作会社にしてはかなり高め。これはグループ全体の数字なので、電子部品関連の子会社が平均を押し上げていることも考えられる。

では、決算書を見てみよう。やや古いが幅をもった数字を見るために、2022年度期末の決算書を確認する。まずは、BSの「資産合計」を見る。73,384,320とあり、単位は(千円)なので、約730億円の資産があることが分かる。「売掛金」「棚卸資産」「のれん」の順で多い。流動資産と固定資産は6:4の割合で、土地や建物などの「有形固定資産」も約100億円ほどある。

約700億円の資産の出所を見るために、「負債の部」と「純資産の部」を見る。まず、「純資産合計」は前期に比べ増えており、約340億円。「負債合計」は、「資産合計」から「純資産合計」なので、約390億円。負債の倍近く資産があるので、財務状況としては健全。純資産が増えたのは「利益剰余金」が増えたからで、負債が増えたのは約80億円の「契約負債」と「支払手形及び買掛金」が約30億円増えたのが原因。

続いて、PLでお金の流れを確認する。事業全体の「売上高」は前期に比べ微減。しかし、営業赤字だった前期から大幅な営業黒字に転換。「当期純利益」はやや減った。これらの数字から言えるのは、「本業は前期に比べかなり上手くいったが、最終的に残った利益はやや減った」ということ。やや減ったとは言え、約28億円の利益を残したことから事業運営も上手くやれたと評価できそう。

もう少し事業運営の数字をこまかく見ていく。セグメント情報は表になっていないので、またまたお手製で作成。「制作会社なのだから、表を作るぐらい朝飯前だろう」という愚痴は、会計好きのあるあるかもしれない。

事業 売上高 セグメント利益(▲は損失)
映像コンテンツ事業 216億74百万円(前年同期比9.4%増) 5億82百万円(前年同期は営業損失4億40百万円)
映像制作サービス事業 420億80百万円(前年同期比10.4%減) 17億26百万円(前年同期は営業損失22億23百万円)
映像システム事業 176億39百万円(前年同期比16.0%減) 17億40百万円(前年同期比14.9%減)

増益となったのは、「映像コンテンツ事業」と「映像制作サービス事業」。どちらの事業も、前期に億越えの営業損失を出しており、それを踏まえるV字回復と言える。「映像システム事業」も、減収、減益率はともに2割にも満たないので、それほどマイナス材料ではないかもしれない。ただ、「映像コンテンツ事業」と「映像制作サービス事業」も流行り廃りに影響される水物なので、高収益が期待できる「映像システム事業」は来期増収増益を果たしたいところ。